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入賞者続出!!

2012.01.28 Saturday



スキーの大会に親子で参加させて頂きました。
高畠スキークラブは素晴らしい成績を残しましたv(^_^v)♪

10数年ぶりに選手として出ました。

こんなに沢山の人に支えて頂きながら出れるのかって感じる事ができました。

若い頃はこの感謝の気持ちは感じていなかったと思います。

子ども達にも教えます。
高畠スキークラブの皆さんや大会関係者の方たちが寒い中コース整備してくれた事。
仲間達が道具を運んでくれた事。
お父さん、お母さんがスキーをさせてくれる事。
感謝!感謝です!

西田先生が言ってました。
オリンピック選手には、自分が金メダル取ってるのをイメージさせる‼

ではなく


自分が金メダル取った時に一番大切な人が喜んでいるところをイメージさせる‼そうです。

人は誰かのために頑張るとすごい力を出すそうです。




ちなみに私は3位でした。

posted by: 片平琢朗 | - | 19:24 | comments(0) | trackbacks(0) |

子供心はスゲーね

2012.01.02 Monday

2012年元旦はスキー場に行きました。

従弟とその子供1年生と息子と4人で...


1年生の女の子はスキーをするのもリフトに乗るのも初めてでした。

最初は、ものすごく怖い怖いって言ってたのが、何度かリフトに乗ったらもう1回もう1回と楽しんでいました。


子供はスゲーね。出来ないこと、怖そうなことチャレンジするねって感じました。


大人になると出来なそうなこと、怖いことと決めつけてやらない自分がいるようだ....

いつも子供に教えられるなぁ...


posted by: 片平琢朗 | - | 15:54 | comments(0) | trackbacks(0) |

MVP

2011.12.27 Tuesday

いい会社だなぁっていつも目標にしてる会社に仙台、東京で飲食店を展開している。コンセプションさんグループがあります。

サプライズで感謝状頂きました。




毎年、150人のアルバイトさんから1人、社員さんから1人、お取引業者さんから1社MVPが選ばれるそうです。

お客様からこのような賞をいただいたのは初めてで私もうれしくて泣いてしまいました。

MVPの後藤さんは沢山のお客様が後藤さんに会いに来てくれる方だそうです。

後藤さんは震災直後に住んでる所が壊れて住めない時に関西出身の方に車で寝なって車をかしてくれてありがたかった話をしてくれました。


3月12日に私たちは詰めるだけ積んだ食料とプロパンガスを持って仙台に行きました。

コンセプションさんのスッタッフの皆さんも被災したのに各店舗から食材、飲み物を集めて炊き出しを始めました。
おにぎりやカレーをもらった年配の方は「このお店知らなかったけど落ち着いたら来ようね」って言っていたのが印象的でした。


今年は震災があってすごい年でしたが少しでもいい会社・社会に必要とされる会社にならねばと感じた1日でした。

コンセプションの皆様本当にありがとうございました。今後も沢山注文ください。

副賞


だるまのように転んでも起き上がるようにだそうです。
ラベルもsmoke house fineオリジナル

posted by: 片平琢朗 | - | 12:10 | comments(0) | trackbacks(12) |

今年も後わずか

2011.12.25 Sunday

年末になると父親を思い出します。

60歳で肺がんで死にました。

死ぬ間際がとっても私にとってかっこよくて私の理想の死に方になりました。



1月2日に倒れ3日の朝病院に一緒に行きました。

病院で父に「課長島耕作」勉強なるからとすすめられ読んでいたら、

父がテレビつけてくれ箱根駅伝が見たいと言いテレビをみていました。

一人で「はやいなぁ」「はやいなぁ」って言ってた。

「いっぱい練習したんだべ」って私




・・・・・「俺の人生はやかった」「でも琢朗。俺の人生一切後悔ない」って亡くなりました。

(思い出して目頭が熱くなって来た)



潤一すげーかっこいいって思いませんか?



私も死ぬときは必ずこのセリフ「後悔なし」言って死にたいです。イエーイ




「現代社会において最大のリスクは、『人生を後悔すること』だと思うんです。
金銭的なリスクなんて、ある意味、大したことはない」
by三木谷浩史(楽天)

posted by: 片平琢朗 | - | 16:05 | comments(0) | trackbacks(0) |

スモークハウスファイン南陽店1周年企画

2011.12.25 Sunday

グアム旅行当選者佐藤さん



炊飯ジャー当選者大河原さん


おめでとうございます。
(他は省略させていただきます。)


沢山の応募ありがとうございました。

今後もスモークハウスファインはお客様に喜んでいただけるイベントして行きますので今後もよろしくお願いします。

posted by: 片平琢朗 | - | 15:49 | comments(0) | trackbacks(0) |

サンタクロースって本当は緑色

2011.12.17 Saturday

 世界で最もブランド価値が高いと言われているコカ・コーラは1886年にアメリカのジョージア州アトランタで薬剤師のJ.S.ペンバートンにより創業されました。ジェイコブズという薬局で、シロップとコカインを含んだ炭酸飲料をソーダファウンテンで発売したのが始まりです。勿論、このコカインは1903年に禁止され、現在、コカインは含まれていません。コカ・コーラの処方は「フォーミュラ」と呼ばれ世界で数人しか知らないと言われています。
 でも、そのコカ・コーラも初日の売上はたった9個だったと記されています。その後、アメリカのみならず世界中を席捲し、発売以来の売上は、通常の8オンス(237ml)のボトルに入れて並べれば地球と月とを1,677回往復するくらいの売上になると発表されています。気の遠くなるような売上ですね。121年の歴史をもつ強いブランドです。
 コカ・コーラの連想には「冷たさ」「さわやかさ」「キャンプ」「スポーツ」「パーティ」などいろいろとあると思います。多くの人はコカ・コーラのロゴに使用されている「赤」を連想される方もいらっしゃると思います。
 この「赤」という色で皆さんは何を思い浮かべられますか。サンタクロースを思い出される方も多いのではないかと思います。実は、元々、フィンランドのサンタクロースは「緑」だったのです。これをコカ・コーラはコカ・コーラの色である「赤」に変えてしまったのです。サンタクロースの色を「緑」から「赤」に変え世界に普及させてしまうというのは凄いことですね

posted by: 片平琢朗 | - | 18:04 | comments(0) | trackbacks(0) |

『不幸の国と幸せの国』(「100人の一歩〜応援ブログ」より)

2011.11.01 Tuesday

『幸福』の反対は、『不幸』だということになりますが、この2つの距離は、
どれだけ離れているのでしょうか。

ここに、ひとりの「不幸の国」の住人がいるとします。
彼は、自分が住んでいるところがイヤでイヤで溜まりません。
太陽が昇るとまぶしいし、夜は暗くなって怖いのです。
晴れの日は、暑くて汗をかいて不快だし、雨が降れば降ったで、
濡れるのがうっとうしく思えます。
夏はうんざりするほど暑いし、冬が来れば寒くてやりきれない。
春と秋の、ちょうどいい気候の頃なんて、すぐに過ぎていってしまいます。
それに、仕事は忙しくて疲れるし、家に帰れば、狭いところに家族がひしめいていて、
うるさくて心の休まるときもありません。
一生懸命に仕事をしても誰も認めてくれないし、家族のためにがんばっても、
感謝のひとつもされたことがない。
彼は、自分がこんな国に生まれてきてしまったことを嘆いています。
これは自分ではどうすることもできないのだとあきらめ、ただツイていないことを
恨んでいるのです。
こんなところに住んでいるから、いつまでたっても不幸なんだと思っています。

さて今度は、「幸福の国」に住んでいる人をご紹介しましょう。
彼は、自分が、この国に生まれてきたことに感謝しています。
だって、毎日太陽が昇ってすべてを照らしてくれるし、夜には美しい星を見せてくれます。
晴れの日は身体を温めてくれるし、ときおり雨が降って大地を潤し、心を洗い流す時間を
プレゼントしてくれるのです。
暑い夏には、泳ぎに行ったり、夕涼みをして楽しむことができますし、冬は、スキーを
したり、温かい料理に心が和んだりします。
おまけに、春や秋の、心地よい季節だってあるのです。
ありがたいことに忙しく仕事をさせていただいているし、家には家族が大勢いて賑やかです。
仕事では、うまくいくときばかりではありませんが、自分なりに努力しています。
それに、愛する家族がいるから幸せなんだと感謝してがんばっています。
本当に、今、こんな幸せな国にいることに満足しているのです。
このふたりは、ずいぶん違う国に暮らしているようにも思えますが、実は同じ家に住んで
いるのだと言ったら信じられますか。

そう、「幸福の国」と「不幸の国」の距離は、本当はゼロなのです。
『幸福』と『不幸』は、コインの裏表のように、違っているように見えて、実は同じもの
のようですね。
「不幸の国」に飽きたら、いつでも「幸福の国」に引っ越すことができるのですよ。

posted by: 片平琢朗 | - | 15:48 | comments(0) | trackbacks(0) |

スモークハウスファイン南陽店一周年!豪華賞品プレゼント

2011.10.28 Friday



今日10月28日は南陽店の誕生日です。父の誕生日でもあります。
ちょうど一年前どうしても28日にオープンさせたくて商品も出来ていないのに無理やりオープンさせて後悔の連続でしたが、だいぶ形も商品も出来ホッとしています。

当時を思い出すと沢山のドラマチックを経験させていただきました。
商品がうまく出来ない苛立ちと会社存続の不安で頭がおかしくなっていました。

これを乗り越えられたのは素晴らしいスタッフと素晴らしいお客様のおかげ
と感じます。

感謝もこめて豪華賞品プレゼントさせていただきます。
目玉はグアム旅行


応募資格は南陽店にお越しいただき会員様になっていただき買い物をしていただいた方になります。

まだまだ穴だらけの店ですが皆さんで育てて頂ければ幸せです。


posted by: 片平琢朗 | - | 07:22 | comments(0) | trackbacks(0) |

親孝行

2011.10.07 Friday

てっぺんの大嶋さんのメルマガから


『僕を支えた 母の言葉』

僕が3歳のとき、父が亡くなり、その後は母が女手ひとつで僕を育ててくれた

仕事から帰ってきた母は疲れた顔も見せずに晩ごはんをつくり晩ごはんを食べた後は内職をした

毎晩、遅くまでやっていた

母が頑張ってくれていることはよくわかっていただけど僕には不満もいっぱいあった学校から帰ってきても家には誰もいない

夜は夜で母は遅くまで内職。そんなに働いているのにわが家は裕福じゃなかった。遊園地にも連れて行ってもらえない

ゲームセンターで遊ぶだけの小遣いももらえない。テレビが壊れた時も半年間買ってもらえなかった。僕はいつしか母にきつく当たるようになった

「おい」とか「うるせー」とかなまいきな言葉を吐いた。「ばばあ」と呼んだこともあった。それでも母はこんな僕のために頑張って働いてくれた

そして僕にはいつもやさしかった。小学校6年のときはじめて運動会に来てくれた

運動神経の鈍い僕はかけっこでビリだった。悔しかった

家に帰って母はこう言った「かけっこの順番なんて気にしないお前は素晴らしいんだから」だけど僕の悔しさはちっともおさまらなかった

僕は学校の勉強も苦手だった。成績も最悪、自分でも劣等感を感じていた

だけど母はテストの点や通知表を見るたびに、やっぱりこう言った「大丈夫、お前は素晴らしいんだから」僕には何の説得力も感じられなかった

母に食ってかかったこともあった「何が素晴らしいんだよ!?どうせ俺はダメな人間だよ」

それでも母は自信満々の笑顔で言った「いつかわかる時が来るよ、お前は素晴らしいんだから」

僕は中学2年生になったころから仲間たちとタバコを吸うようになった

万引きもした。他の学校の生徒とケンカもした。母は何度も学校や警察に呼び出された

いつも頭を下げて「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」と、あやまっていた

ある日のこと僕は校内でちょっとした事件を起こした。母は仕事を抜けだしいつものようにあやまった

教頭先生が言った「お子さんがこんなに“悪い子”になったのはご家庭にも原因があるのではないでしょうか」

その瞬間、母の表情が変わった。母は明らかに怒った眼で教頭先生をにらみつけ、きっぱりと言った「この子は悪い子ではありません」

その迫力に驚いた教頭先生は言葉を失った

母は続けた「この子のやったことは間違ってます。親の私にも責任があります。ですがこの子は悪い子ではありません」

僕は思いっきりビンタをくらったようなそんな衝撃を受けた

僕はわいてくる涙を抑えるのに必死だった

母はこんな僕のことを本当に素晴らしい人間だと思ってくれてるんだ…

あとで隠れてひとりで泣いた。翌日から僕はタバコをやめた。万引きもやめた。仲間たちからも抜けた

その後中学校を卒業した僕は高校に入ったが肌が合わなくて中退した。そして仕事に就いた

その時も母はこう言ってくれた「大丈夫、お前は素晴らしいんだから」

僕は心に誓った「ここからは僕が頑張ってお母さんに楽をしてもらうぞ」だけどなかなか仕事を覚えられなくてよく怒鳴られた。「何度おなじこと言わせるんだ!」「すこしは頭を働かせろ!」「お前は本当にダメなやつだな!」怒鳴られるたびに落ち込んだけどそんなとき僕の心には母の声が聞こえてきた

「大丈夫、お前は素晴らしいんだから」この言葉を何度も噛み締めた

そうすると元気がわいてきた

勇気もわいてきた「いつかきっと僕自信の素晴らしいさを証明してお母さんに見せたい」そう考えると僕はどこまでも頑張れた

仕事を始めて半年くらい経ったときのことだった仕事を終えて帰ろうとしていたら

社長がとんできて言った
「お母さんが事故にあわれたそうだ

すぐに病院に行きなさい」


病院に着いたとき
母の顔には白い布がかかっていた


僕はわけが分からなくて
何度も「おかあさん!」と叫びながらただただ泣き続けた


僕のために身を粉にして働いてくれた母


縫物の内職をしているときの母の丸くなった背中を思い出した


母は何を楽しみにして頑張ってくれたんだろう?


これから親孝行できると思っていたのに


こらから楽させてあげられると思っていたのに


葬式の後で親戚から聞いた


母が実の母ではなかったことを


実母は僕を生んだときに亡くなったらしい


母はそのことをいつか僕に言うつもりだったんだろう
もしそうなったら僕はこう伝えたかった


「血はつながっていたくてもお母さんは僕のお母さんだよ」


あれから月日が流れ僕は35歳になった
今あらためて母にメッセージを送りたい


お母さん
僕とは血がつながっていなかったんだね

そんな僕のためにお母さんは昼も夜も働いてくれたね

そしてお母さんはいつも言ってくれた

「おまえは素晴らしいんだから」って

その言葉がどんなに僕を救ってくれたか

どんなに僕を支えてくれたか

あらから僕なりに成長し今は結婚して子どももいるよ

規模は小さいけど会社の社長になって社員たちと楽しくやっているよ

まだまだ未熟な僕だけど僕なりに成長してきたと思う

その成長した姿をお母さんに見せたかったよ
「おまえは素晴らしい」って言ってくれたお母さん

その言葉は間違っていなかったっている証拠を見せたかった

そしてそれを見せられないことが残念でならなかった

だけど最近気付いたんだ

お母さんは最初から僕の素晴らしさを見てくれてたんだよね

証拠なんてなくても心の目でちゃんと見てくれてたんだよね

だってお母さんが
「お前は素晴らしいんだから」って言うときは
全く迷いがなかったから

お母さんの顔は確信に満ちていたから

僕も今社員たちと接していて

ついついその社員の悪いところばかりに
目がいってしまうことがある

ついつい怒鳴ってしまうこともある

だけどお母さんの言葉を思い出して
心の目でその社員の素晴らしさを見直すようにしているんだ

そして心を込めて言うようにしている

「君は素晴らしい」って
おかげで社員たちとも良い関係を築け楽しく仕事をしているよ

これもお母さんのおかげです

お母さん

血はつながっていなくても僕の本当のお母さん

ありがとう

野口嘉則氏「僕を支えた母の言葉」より引用

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私が母親を困らせていた時にいつも「信じているから」って言われてました。その時は分かりませんでしたが2人の子供をもって少しだけ気持ちが分かるようになったと感じてます。

母親はこの世にいませんが、私の親孝行はスモークハウスファインを継続繁栄させていくのが親孝行になると勝手に思っています。

posted by: 片平琢朗 | - | 11:47 | comments(1) | trackbacks(0) |

数はいつか質になる

2011.09.27 Tuesday


スモークハウスファイン南陽店でパンを作っている遠藤が一皮むけました。

フランスパンって何も入らない分本当に難しいと思います。

まだパン作りして半年ですが、半年前と比べ物にならないくらい素晴らしいパンを作れるようになりました。
本当に不器用な男で怒られてばかりでしたが、少しずつ成長してると感じます。感激です。

「一生を変える小さなコツ」って本に
・繰り返して下手になることはない。
・数はいつか質に変わる。
とあります。
毎日毎日朝早くパンを作った成果だと思います。

今日よりも明日、今月よりも来月、今年よりも来年、再来年と
魂込めて皆さんに喜んでもらえる店づくり商品づくりしていきます。




posted by: 片平琢朗 | - | 07:20 | comments(0) | trackbacks(0) |